仮面を脱ぎ捨てたMASQUERADE’90年代初頭、グランジ/オルタナティヴが流行り、アメリカのバンドを毒していった。巷にはやたらにノイジーな音が流れ、時代はますます閉塞感を増していった。アルペジオが大好物の私の耳には、リフ主体の音楽は、味気ないものにしか映らなかったし、当時友人達が傾倒していったPANTERAやNIRVANAも全然いいとは思えなかった。そして、私の嗜好は北欧メタルへと向かっていく。美しいメロディを主体として構築されている、ヨーロピアンメタルはモロ私好みの音でいくつものバンドのCDを購入しては楽しんでいた。 そんなバンドの1つ、MASQUERADEは、「ポストTNT」として、注目されていたバンドである。 ’92年バンドエクスプロージョン北欧大会準優勝という輝かしい成績を残し、レコードデビューを果たした。ここらへんは、彼らの大先輩EUROPEもコンテストでグランプリを獲得した結果レコードを出せたのだから、北欧ではこんな形のデビューが多いのだろうか。 彼らの1st、その名もズバリ「MASQUERADE」。その音楽を初めて聴いたときは、「さすが、ポストTNT。」って感じた。けれど、何回も聴きこんでいくうちに、TNTの亜流ではなく、はっきりとした個性を持ったバンドであることを確信した。 MASQUERADEの音楽の特徴は、なによりもキャッチーでわかりやすいメロディ、これに尽きる。北欧のバンドであるので、決まり文句になるが「透明感溢れるサウンド」であることも忘れてはならない。 1曲、1曲はコンパクトにまとまっているが、起承転結がはっきりしていて、サビもとても覚えやすい。北欧のマイナーバンドにありがちな、曲はいいんだけれど、ヴォーカルが弱いとか、メロディにフックがあまりなく抑揚に欠ける。などということが全くなく、楽曲の完成度はとても高いと思う。ヴォーカルのトニーは伸びやかな歌唱をアルバムの全編で聴かせ、その天性の素晴らしい歌声はMASQUERADEの大きな魅力になっている。 アルバムは、「Gimme All Your Love」で幕を開ける。ギターの音で躍動するように始まるこのオープニングは、なんとなくあのTNTの名盤「Tell No Tells」のファーストソング「Everyone's A Star」を彷彿させる。ノリのよいハード・ポップ・チューンで、彼らの鋭いメロディセンスにまず驚かされる。2曲目の「Four Letter Words」は、少しアメリカンなサウンドを意識したかのようだが、透明感溢れる音世界はやはり北欧のバンドのものだ。続く「Our Time Has Come」も、かなりキャッチーなナンバー。でも、軽〜くなりすぎないのは、アメリカのバンドがとても編み出せない複雑なパターンのリフが楽曲の核をなしているからだろう。 翼を広げて大空を飛んでいる心地がする爽快なナンバー「Ride With The Wind」、夕暮れの情景が目に浮かぶような切ない響きの「Dawning Of The Day」(ホントは夜明けの歌だけど。)1曲1曲聴くごとにパーっとイマジネーションが広がる色彩豊かで繊細なサウンドは、「どこかで聴いたことがあるような」気もするけどその美旋律には夢中になってしまう。それほど自然に心の中に入ってくる曲が描けるバンドはそう数多くいるものじゃない。やはり彼らは只者ではないのだ、とひしひしと感じる。 アルバムには2曲のインストゥルメンタルも挿入されているが、曲と曲の間の接着剤のようなものではなく、次の曲へのイントロダクション、あるいは前の曲のエンディングのような効果を上げている。その為、アルバム全体の流れが自然でより心地よいものとなっている。このあたりはかなり計算されているのだろう。 アルバムのハイライト、「Give It A Shot」は、「Gimme All Your Love」に勝るとも劣らない名曲だ。軍隊の靴音の響きと銃声が緊迫感を高めて、ドライブ感のあるこの曲をスタートさせる。MASQUERADEの魅力を最も感じさせてくれるハード・ポップ・チューンでトニーのハイ・トーン・シャウトも聴かれ、楽曲全体がきらめくような輝きを放っている。 彼らの音楽は、例えていうなら喉がからからの時に喉を潤してくれる1杯の水のように心を潤してくれる。気持ちが落ち込んでいるときも彼らの曲を聴き、音を追いかけているだけで、自然に癒されてくる。そんな不思議な力を持った音楽だ。演奏がとても上手いバンドではあるけど、決して技巧に走るようなことはなく、あくまでも歌を最大限に生かした曲作りになっている点が素晴らしい。 全ての曲は、ギターのトーマス・G・ソンが手がけているが、1曲1曲丹念に緻密に作られている。ふんだんにギターソロも聴かせるが、フレーズ作りのセンスも秀でていて、プレイの方も緩急豊かな奏法でギターキッズも息を飲むテクニックだ。才能溢れるプレイヤーであると同時にコンポーザーとしても実力のある人で、MASQUERADEサウンドの要といえる。 楽曲がギターのトーマスが要なら、詩の方はヴォーカル、トニーの手によっている。対訳がないので意味はよく分からないけれど、かなり私的で内省的な歌詞もありそうに思われる。自ら作詞をすることでより歌に説得力があるのは間違いない。 「All Night All Day」、「Lonely World」の感動的な2曲のバラードでそれは証明されている。 MASQUERADEの魅力は、この2人の力の均衡にもあるだろう。スリリングなギターとかなりエモーショナルなヴォーカル。それがただ美しいだけの北欧のバンドが陥りがちなサウンドの緊張感のなさを見事に回避し、緊張感と詩情溢れる世界を融合した素晴らしい個性に昇華されている。 もちろん、その美しいメロディをしっかりと支えるベースとドラムスの存在も重要だ。リズム隊もかなり実力のある人たちで、難しいリズムでも正確にプレイしている。 ここまでかなり褒めちぎってしまったが、MASQUERADEは実は弱点を持っていた。それは英語の発音ではなく、ライブパフォーマンスでのコーラス隊の弱さだ。 彼らは、1度だけ来日コンサートをしたことがある。1994年のクリスマス。「Scandinavian White X'mas Special」という粋なタイトルのツアーで、同じく北欧デンマークのバンドJACKAL(アメリカのチェーンソーバンドとは別物)とジョイント・ライブを行ったのだ。 その時のライブでもかなりの確かな演奏力と堂々としたパフォーマンスを見せ、オーディエンスを魅了したけど、コーラスだけはちょっと…。はっきりいってハーモニーが全然バラバラだった。ここに書いたファーストからの曲と2ndアルバム「Surface Of Pain」の曲を交えた選曲は、サウンドの違いが大きかったのでイメージのちぐはぐぶりはあったけれど、いずれも力強い演奏で、当初「ヘヴィ過ぎる」といわれた2ndアルバムからの曲もヘヴィになり過ぎず、むしろライブではよく映えていたように思う。 ライブ後、メンバーとじかに接する機会があり、言葉が通じないながらも彼らがとても温かい心を持った人たちであることは良く分かった。素朴な青年たちという印象だった。トニーは私が差し出したチラシの裏に「Keep On Rockin!」と書いてくれた。 その後、アメリカでも2ndアルバム「Surface Of Pain」が発売されたが、日本人が好みアメリカ人が嫌う「中途半端なヘヴィさ」が良くなかったのか、それともアメリカを真っ向から批判したような歌詞が受け入れられなかったのか、はたまた英語があまり上手でないのが災いしたのか、アメリカでは結局あまり売れなかったようだ。しかしながら、このアルバムはダークな色調に彩られながらもメロディはあくまでも美しく、各パートが火花を散らすような演奏も随所で聴かれ、MASQUERADEというバンドの凄みがストレートに胸に突き刺さってくる意欲的なアルバムだった。 あれから、9年弱、3rdアルバムが発売されることもなく、彼らは今も活動を続けているのだろうか。
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